「漢方」とは、4000年ともいわれる歴史を持つ中国伝統医学の日本における呼称です。
「漢方医学」は、中国では「中医学」といい、諸外国からは中国医学、東洋医学などと呼ばれており、日本では「漢方医学」と称されています。
では、何故日本で「漢方」と称するのかといいますと、中国において伝統医学が集大成され、古典的医学書、薬草書といえる『傷寒論』(しょうかんろん)や 『金匱要略』(きんきようりゃく)ができたのが、2000年前の紀元前後の「漢の時代」でした。
その後、14世紀ごろ日本に伝わり、それで医師や薬師の間で「漢方」と呼ばれるようになったのです。
漢方医学は、この長い歴史の中で経験と臨床を繰り返し、効能、効果のあるもの(漢方薬)だけが伝えられてきているのです。
漢方医学には、薬草類などを煎じて服用する漢方薬、それに鍼灸(しんきゅう)、按摩(あんま)、薬膳、気功なども含まれています。ここでは「漢方薬」について紹介します。 漢方薬のもととなるのが「生薬」といわれているものです。
生薬には、薬効成分のある植物の根、茎、樹皮、果実、花、種子などを乾燥加工したものや、動物の 皮、骨などのほか、キノコ類、昆虫、貝殻、鉱物なども利用されています。
ただし、生薬の8割が植物性のもので「草根木皮」ともいわれています。 生薬の分類を具体例で紹介すると、次のようになります。なお、生薬の詳細については、
をご覧下さい。
そもそも生薬というのは単独で使うことはなく、ほとんどの場合、2種類以上の生薬を組み合わせて配合、処方して用います。それが「漢方薬」です。ただ、民間療法ではドクダミとかセンブリ、アロエなど、生薬を1種類だけ使う方法をとります。
漢方医学によって集大成された漢方薬は、集大成されてから2000年以上の長い歴史の中で、経験と臨床を繰り返し、身体に良いもの、症状や病気をよくするもの (生薬)を選び、その良いものを配合、処方して漢方薬として伝えられてきました。
現在でも1000年、2000年前に書かれた漢方医学書通りの処方が使われている漢方薬も多くあります。まさに漢方薬は、経験・臨床の伝統医学の集大成といえます。
漢方薬は配合、処方によって効能、効果に差が生じてきます。生薬というのは不思議なもので、例えばAとBの生薬を1対1の分量で配合した場合と、1対3で配合した場合、あるいはCとDの生薬を加えた場合など、微妙な配合、処方によっ て、効果が劇的に高まることがあります。
こうした働きを、漢方薬特有の相乗効果といいます。つまり、漢方薬は何種類もの生薬が配合、処方された複合薬なのです。
生薬は天然の物質を乾燥させたり、煎じたりして用いられるもので、多種多様な成分を少しずつ含んでいる性質上、西洋医学の薬品とは性質が異なります。例えばガン治療でいえば、西洋医療薬の抗ガン剤のように局所的にガン細胞を殺傷するといった劇的な効果を発揮する生薬は、現在のところ発見されていません。
けれども、抗ガン剤は、劇的な効果があるだけに、ガン細胞と一緒に正常細胞まで殺傷して、その結果、免疫力を落し、さまざまな副作用が生じるという合成化学薬品です。
西洋医療薬に比べて、生薬というのは、身体に穏やかに作用して、じっくりと効果を発揮させる代わりに、副作用が少ないのが特徴なのです。
ただ、天然生薬の中でも麻酔薬として有名なアヘンからつくるモルヒネ、マラリアの特効薬でキナ皮 からつくるキニーネも生薬の一種ですが、こうした劇的な作用をする生薬は例外です。
逆に、こうした生薬は、正常な人体にとてつもない副作用をもたらすことでも 知られています。
西洋医学で使用される医薬品の原料も、もともとは草木類などの天然物の生薬が利用されていたものです。
しかし、化学が飛躍的に発達した19世紀の頃から、西洋医学によって生薬に含まれる有効成分だけを抽出して精製し純化することに成功して、少ない量で確かな効能を得ることが可能になりました。
さらに、成分を分析して別の材料から化学合成できるようになり、量産化や均質化が可能になったことで、西洋医療では生薬自体が使われることはほとんどなくなりました。
これに対し、漢方医学は天然物であるいくつかの生薬を配合、処方して用いる ことを伝統的に守り続けています。
それには次のような理由があります。 複合薬である漢方薬は、単一成分を純化しただけの医薬品と比べ、成分数が段違いに多く、薬効成分以外のものも含まれています。それだけに、その薬理作用 は複雑で多種多彩です。
しかも、2000年以上の歴史をもつ漢方薬は、長い年月の間に無数の処方を試み、無益なものや有害なものを淘汰し、効果のある生薬、処方だけを残すという作業、つまり、臨床と経験をくり返してきました。
その結果、すぐれた処方の漢方薬だけが残り、今日に継承されているのです。
医療の発達により、臓器移植さえも行われるような時代になっている現在、それでもなお漢方薬の需要があり、またその有効性が見直され、注目されているのも事実です。
では、なぜいま漢方薬が注目されているのでしょうか。大きな理由は、一つには現代人の病態が複雑になってきたということが考えられます。昔は病気といえば感染症やケガなど、かなり限られたものでした。
それが、最近のように食品の汚染や私たちを取り巻く環境の変化、さらに非常に時間に追われるような生活をするためのストレスなどで、ただ単純に診断できる病気が少なくなり、一人の人間にさまざまな症状が複合して出てきているのです。
それに対して西洋医療薬を投与しようとすると、患者さんはそれぞれの症状に応じて何種類もの薬を飲まなくてはならなくなります。 一方、漢方ではいろいろな症状を持った人に対して、その人がいまどのような病態になっているかを漢方医学的に診断して、その病態に必要な薬を与えていきます。
それによってすべての症状が一度によくなっていくということです。このように、漢方では体のなかの乱れた機能を治していこうという考え方をする ので、西洋医学とは方向性がまったく異なるのです。
さらに漢方薬が注目される理由は、西洋医療薬にくらべ副作用が少なく、患者さんが安心して使えるということでしょう。西洋医療薬は自然界に存在しない化学物質の成分を単一に合成したものですから、新しい薬だと、いままでだれも知らなかった副作用が強く出ることがあります。
それに比べて、漢方薬は自然の生薬の組み合わせによるもので、何千年も前からいろいろな人が研究して毒のあるものと、よく効くものが完全に区別されていま す。
毒のあるものはその毒を薬として、どのように使うかということもわかっていますし、副作用についてもわかっています。つまり、臨床を繰り返してきたのです。
医学用語に「エビデンス・ベースト・メディスン(EBM)」というのがあり、こういう薬を飲むと数値がこれだけ上がって有効性が出るという意味の言葉がありますが、漢方薬は昔から人を対象に、ずっと臨床、経験というEBMが積み重ねられてきたものなのです。
それでは次からは、漢方薬のもととなっている「漢方医学」について紹介していきましょう。ここからは漢方医学特有の考え方をもととしており、少々、難しいところがあるかと思いますが、「漢方ってこういう医学なんだ」と概略だけでも汲み取って頂ければと思います。
西洋医学では、まず検査によって、臓器、組織、細胞単位、さらには分子レベルで異常を調べ、診断結果によって、患者さんの「病名」が決定されます。病名が決まると薬が決まり、同じ病名の患者さんには同じ作用を持つ薬が処方されます。
ところが、漢方医学は、「病名」ではなく、患者さんの「証」(しょう)に従って薬を決める「随証治療」(ずいしょうちりょう)というのを原則としてい ます。
証とは、一言でいえば患者さんの体のどこに異常や弱点があるかを、「陰陽」、「虚実」、 「表裏」、「気血水」などの漢方医学独特の観点から多角的にみてまとめた診断結果です。
「陰陽」とは、患者さんが暑がっているか寒がっているか、患部の赤みが強いか弱いかなどで病期(ステージ)や病型を分けたもので、「陰病」「陽病」などと表現します。例えば、インフルエンザで高熱を出してふうふういっているようなときは陽病、お年寄りが肺炎を起こして熱もさほどなく、ぐったりしているようなときは陰病とされます。
「虚実」とは、患者さんの体力や病邪の強さを、体にあらわれたサインから把握し たもので、「虚証」「実証」と表現されます。なお、太っている、やせている、体力がある、ないといったことだけでは、簡単に判断できません。
その中間の人たち、普通の体型で、体力が強くも、弱くもない人たち、つまり、どちらともいえない人のことを「虚実間証」といいます。
「表裏」とは、人体を輪切リにしたところを想像すると、体表部、体深部、その中間部に分けることができますが、病邪が体のとこまで深く入り込んだかで、症状はしばしば異なります。
このことに注目したのが表裏で、体表にとどまるものを「表証」、 内部の胃腸まで及んだものを「裏証」、その中間を「半表半裏証」と呼んでい ます。
「気・血・水」とは、体内をめぐって流れている三つの要素で、血は医学でいう血液に、水は血液以外の体液に相当し、気は漢方医学では生命のエネルギーのようなものと考えています。
「気疲れがする」「根気がつづかない」「気力が出ない」「元気がない」などというように、生命の源として、気の存在をイメージしているものです。
漢方医学では、この気血水が過不足なく、体内をスムーズに流れ、循環している状態が健康とされます。
もしどれかに異常が起こると他にも異常が及びますが、証を決める際には、主な原因がどれであるかを推定します。
気の異常には、気が上半身に偏る「上衝」(じょうしょう)、気の流れが滞る「気鬱」(きうつ)、気が不足する「気虚」(ききょ)などがあります。たとえば足が冷えるのに顔はのぼせる冷えのぼせや、動悸、頭痛などの症状があらわれたときは、気の上衝を疑います。
血の異常には、血の流れが滞る「瘀血」(おけつ)、血が不足する「血虚」(けっきょ)などがあります。瘀血は、女性が悩む生理痛・生理不順、冷え、肩こりなど多くの症状 の原因です。水の異常には、水の過不足や体内での分布異常を「水毒」と呼び、むくみやめまいの原因とされます。
漢方医学ではこうして証を決め、異なる漢方薬を処方します。また、病名の違う患者さんでも、同じ証とみなされれば、同じ漢方薬が処方されることになります。