ただし、西洋医学の方が、簡単で速やかに対処できる病気なら、漢方にこだわる必要はありません。漢方と西洋医学は決して対立するものではありません。それぞれの特長をよく理解して、もっとも適切な治療を選ぶのが賢明です。
また、漢方では「心身一如」といって、心と身体は一つなので、お互いに影響を及ぼしあっていると考えます。身体の不調の裏には、心の不調が隠れていることが多く、その逆もまたしかりです。そこで、身体の健康をはかることが心の健康にも通じると考え、まず身体へのアプローチをはかります。
漢方には、衰えた体力を改善する処方が豊富にあり、体力をつけることで精神面も強化される、ストレスヘの抵抗力が増すという効果がいくつも確認されています。さらに、肩こり、便秘、肌荒れ、生理痛といった女性に多くみられる悩みや症状にも効果があります。
こうした 症状は、西洋医学の見地から検査しても原因や有効な治療法がなかなか見つからないこともあって、最近で は、漢方専門の病医院を利用する女性が増えています。どちらかというと、漢方の方が効果的と考えられている症状や病気は、肝炎、更年期障害、自律神経失調症、気管支ぜんそく、かぜ症候群、胃腸炎、アトピー性皮膚炎、湿疹、冷え症、アレ ルギー性鼻炎、不定愁訴症候群などがあります。
ほとんどの場合は、とくに問題がありません。ただし、医師や薬剤師に確認してから併用するようにして ください。西洋医療薬と漢方薬の併用は、医療の現場でもよく行われています。併用によって、主症状だけでなく、それに伴なう症状も解消するという効果がみられる場合もあります。
また、西洋医学による治療を漢方で補うことで治療成績が向上したり、西洋医療薬の副作用が軽減して、薬の作用が増強されたり、病気の合併症が予防できるなどのメリットが確認されているものもあります。
ガンの治療では西洋医療に漢方(中国)医療を取り入れた「中西医結合医療」というのが注目されています。
さらに、抗生物質と漢方薬は相性がいいことが多く、両方の作用を高めあうことが多いとされています。ステロイド(副腎皮質ホルモン)という膠原病(こうげんびょう)やアレルギー疾患に抜群の効き目を発揮するホルモン製剤がありますが、ステロイドと柴胡剤(小柴胡湯、柴胡桂枝湯、柴朴湯)を併用すると、ステロイド特有の頭痛、動悸、顔面紅潮、 発熱、食欲不振、吐き気・嘔吐、倦怠感などの強い副作用をかなり軽減できるだけでなく、ステロイドの効果を強めることが確認されています。
西洋医療薬を飲んでいる人が、漢方薬を使用しようとする場合には、処方されている西洋医療薬を持参して漢方専門医を受診し、併用できるかどうか相談しておきましょう。
また、治療を受けている人で、健康食品などを使用する際には、医師の指示を仰いでください。健康食品によって、薬の効果が増強されたり、弱まったりすることがあるので、安易に使用しないようにしましょう。
骨の化石や希少動物の内臓、角からしか得られない希少な原料からつくる生薬は高価ですが、単品で使用 されることはほとんどありません。漢方薬は、いくつかの生薬と複合配合されるため、製剤単価はそう高価になり ません。
1976年に多くの漢方薬が健康保険適用となり、現在では使用頻度の高いエキス製剤や煎じ薬が「医療用漢方 製剤」として、3割の自己負担分で利用できます。保険適応の処方であれば自己負担額は、数百円〜3000円前後 (2週間分あたり)でおさまります。
健康保険が使えないものでも、1日分が1000円を超えることはまずありません。
日本では、内科医の7割以上が一般医薬品とともに漢方薬を処方しています。しかし、証の診断など、漢方医学 診療に報酬が支払われるわけではなく、あくまでも、西洋医学の薬物療法の一環として認められているのです。なお、医師の処方箋がない場合でも、漢方専門の薬局で漢方薬を購入することができます。ただし、その場合は、保険が適応されませんので、全額自己負担で購入することになります。
しかし、素人判断で購入して使用することは、あまりおすすめできません。それは「証」が合わないことで、悪い結果をまねくこともあるからです。漢方専門の医療機関を受診すると、保険適応外の生薬も利用して、一人ひとりの状態に合った処方を出してもらう ことができます。この場合の診療代は、保険外の自由診療になりますが、高額になることはありません。
買うことはできます。医師の処方箋があれば、病院内外の保険調剤薬局で健康保険が適応され、漢方薬を購入できます。
また、エキス製剤のほとんどは、処方箋がなくとも購入できますが、保険適用外となり、全額自分で負担しなければなりません(保険適用されていない処方も、全額自分の負担になります)。
また、葛根湯や小青竜湯などのエキス製剤は、一般薬局やドラッグストアでも買えるものがあります。それらの 市販薬は、医療用の薬と比べて、生薬の質や薬効を抑えられてつくられた製品です。最近では、漢方薬コーナーが設けられている店舗も多くあります。
気軽に購入できますが、できれば漢方薬の知識が豊かな薬局を選び、疑問点や気になっている症状についてじっくり相談して購入することをおすすめします。
自分に合った漢方薬の処方については、漢方専門医がいる病院を受診する必要があります。専門医のいる病院では、漢方診療可などの表示があります。
すべての処方ではありませんが、薬局で市販されている漢方薬は、病院で出される医療用漢方製剤にくらべ、1回のエキス含量を3分の2あるいは半量に抑えてあるものが多いようです。
お悩みの症状が市販薬を飲んでよくなればそれでかまいませんが、薬局で買われる場合の問題は、量だけでなく、適切な処方がなされているかどうかです。
漢方薬は、あなたの証に合った処方を選ばなければ、十分な治療効果が期待できません。ですから、漢方にくわしい医師に総合的に診察してもらい、自分に合った薬を処方してもらうことが第一です。
すべての病気に漢方がよいという わけではありませんし、症状の改善にばかり気をとられていると重病を見のがすことにもなりかねません。
できれば漢方専門医のいる病院を受診して処方を受けることをおすすめしますが、薬局で買われるなら、漢方に習熟した薬剤師に相談してください。
患者さんの自覚症状は、もし証が合っていれば、服用を始めて1〜2週間で好転する場合がほとんどです。2〜4週 間飲んでも効果があらわれないか、かえって具合が悪くなるようなら、証が合っていないものと判断して証をたて直し、別の薬を処方します。
ぜんそくやジンマ疹などのように症状が出たり出なかったりする場合や、患者さんの主な訴えが生理痛である場合などは、1ヶ月では薬の効果がはっきりしませんので、服用を数カ月つづけた時点で判断します。
慢性肝炎などの場合はさらに長く、半年、1年と経過を見ていかなければ薬の効果を判定できませんが、その場合でも 「飲んでみて体調はいかがですか?」と医師から患者さんにお尋ねします。
「食欲が出ました」などと肯定的な反応があるときは、やはり服用開始から2週間ほどで見られますので、医師はそうした患者さんの反応に根拠をおいて、服用を続けていただくわけです。ただ漫然と飲みつづけるのは、漢方薬でも好ましいことではありません。
漢方薬は天然の生薬からなるので副作用がない、と思われがちですが、それは誤りです。このことは、食べ物を例にとれば、わかりやすいでしょう。多くの人が平気で飲む牛乳が、乳糖不耐症の人にとっては、おなかがゴロゴロする原因 となります。日本人の多くが好むそばは、そばアレルギーの人にとっては、致死的な発作の引きがねとなります。
このように身近な食品でも、特定の体質を持った人にとっては、不快な症状や危険な状態を引き起こす可能性があります。漢方薬も、素材が天然の生薬だからといって、安心はできず、患者さんの体質によっては、危険な副作用を伴う可能性もあるのです。
漢方薬を服用中に、体調にもし異変があれば「ひょっとしたら、漢方薬が原因かも……」と疑ってみる用心深さが必要です。そうした用心さえしておけば、そう心配はないでしょう。
副作用の例をあげれば、麻黄の有効成分であるエフェドリンには、交感神経を興奮させる作用が知られています。心身がストレスをかかえたときのように活動的な状態になります。
高血圧や狭心症、不整脈などの持病のあるかた、尿閉を起こす可能性のある前立腺肥大症の人、高齢の人などは、麻黄を含む処方に注意が必要です。
また、甘草は文字通り甘味のある生薬で、病院で処方する漢方エキス製剤のおよそ7割に入っていますが、長く服用すると、「偽アルドステロン症」を引き起こすことがあります。
アルドステロンは副腎皮質ホルモンの一種で、腎臓に作用して血液中のカリウムの排泄を促し、血圧を上昇させる作用を します。偽アルドステロン症は、実際にはアルドステロンが増加していなくても、これが上昇したときと同じ症状を呈する病気です。
肝障害や膀胱炎などを起こす例があります。漢方医学では、こうした副作用の多くを、「証」が合っていなかった結果として受け止めます。体調の異変に気づいたら、 すぐ主治医に告げ、その薬の服用を中止して、別の薬を処方してもらうことです。
■監修/孫苓献 広州中医薬大学中医学(漢方医学)博士 ・ アメリカ自然医学会(ANMA)自然医学医師 ・ 台湾大学萬華医院統合医療センター顧問医師