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●今中健二先生について
中医師。中国江西省新余市第四医院医師。神戸大学大学院非常勤講師。1972年兵庫県生まれ。
学生時代に母親をがんで亡くした経験から医療に関心を持ち、社会人経験の後、中国国立贛南医学院に留学。中医師免許を取得し、新余市第四医院で治療に従事。2006年帰国。神戸市を起点に中国伝統医学の普及に努める。西洋医学との垣根を超えた「患者の立場に立った医療技術」発展のため、医師や看護師、医学生に向けたセミナー、中医学に基づいたがん治療の講演など、全国各地で精力的に活動している。2020年中国医学協会を設立。著書に『「胃のむくみ」をとると健康になる』『医療従事者のための中医学入門』
人間の体は内臓と組織(骨、筋肉、皮膚など)で構成されていて、その中を気、血、津液が巡っています。病の根本原因は実は2つ。体が気・血・津液を必要以上に作り過ぎて溢れ出てしまうこと、あるいは、気・血・津液を十分に作れなくなって不足してしまうこと。そのいずれかによると、中医学では考えます。
今回はがん治療中の「体重減少」について、「気・血・津液の不足」という視点から中医師の今中健二さんに教えていただきます。
がん治療を続けていくと、食欲不振などで体重が大きく落ちることがあります。今回はこの「体重減少」をどう考えたらよいかについて、対処法も含めてお話していこうと思います
そもそも、体重減少はなぜ起きるのでしょうか。
人間の体を構成しているのは、まず内臓、そして骨や筋肉、皮膚といった組織です。それらの中を気(き:元気)・血(けつ:血液)・津液(しんえき:水分)がしっかり満たし、かつスムーズに巡ってさえいれば、体重が減ろうが増えようが問題ありません。
人間の体を構成しているのは、まず内臓、そして骨や筋肉、皮膚といった組織です。それらの中を気(き:元気)・血(けつ:血液)・津液(しんえき:水分)がしっかり満たし、かつスムーズに巡ってさえいれば、体重が減ろうが増えようが問題ありません。
ボクシングなど格闘技の選手が行う急激な減量を思い浮かべてください。彼らが行っているのが水抜きです。水分を摂らない、サウナで大量の汗をかくなど、あらゆる方法で体内の水を抜き、体重を短時間で落とします。水分を体から追い出すことで、1日に2㎏前後、1週間で7㎏以上落とすのです。もちろん、彼らは日ごろから体を鍛え抜いているからできるのであって、そこまで極端な水抜きは危険です。ただ、水分がある程度出ていっただけなら、基本的には体重が減少しても心配する必要はないのです。
とはいえ、見た目に明らかなほど津液(水分)が減ってしまって大丈夫なのだろうか、と不安に思うかもしれませんね。
体内を巡るものとして「気・血・津液」と言いましたが、厳密に言うと、体の中を隈なく巡っているのは気と血。そして、巡って行った先で、栄養分を必要とするところに血が分配されていきます。その際、血の中身が不足してくると、近くにある津液が血に補充されるのです。すると補充された津液は血になり、体内を巡っていきます。
つまり、血と津液の成分は同じ。違いは色が赤いか透明かということです。血管に入ると赤くなるのは、血管内には赤血球とヘモグロビンがあるからで、これらは栄養を運ぶ器の役割を果たしています。そして、実際に栄養として配られるのが津液。だから血の中身が不足したときには、津液が血に補充されるのです(図1)。
誤って指を切ったとき、血液ではなく透明な汁が出てきた経験、ありませんか? あれが津液。血管ではないところから出てくる液体は津液だから透明です。透明でも赤でも成分は同じ。違いは赤血球とヘモグロビンの有無だけです。
というわけで、津液は「栄養の宝庫」であり、「血の在庫」。津液の減少による体重減少は、「血の在庫」が減ったに過ぎません。在庫一掃してスッキリした倉庫をイメージしてもらえたらいいと思います
病と闘っているとき、とくに体をケアすることに集中している回復期は、余分な「在庫」は持たないほうがいい。在庫を持たず、その都度、新しいものを体内に摂り入れて血を作り、作られたばかりの新鮮な血を体の隅々まで送り届ける。それを繰り返したほうが、気、血はスムーズに巡り、体は元気になっていくのです。
新しい栄養分をその都度入れるとは「少しずつ食べる」こと。そして血を作るために何を食べたらいいかは、在庫を持たない状態ならば、必ず体が教えてくれます。言い換えると、そのとき食べたいものが体に必要なものなのです。
逆に、在庫を持ち過ぎているとき、つまり、皮下脂肪や内臓脂肪、さらには水分を大量に抱え持っているときは、体が本当に必要としているものに気づくことができません。なぜなら、余分な脂肪を溶かすために、さらにエネルギーの高いものを食べたくなるからです。水分が多過ぎて体がむくむと血が流れにくくなるため、もっと流そうと高カロリーの食品を欲してしまう。在庫をたくさん抱えて、栄養分を十分過ぎるほど持っているのに、余計な脂肪やむくみのせいで、もっと食べたくなるという負のスパイラルに陥ってしまうわけです。
だから、在庫を抱えるより、その都度、新鮮な栄養分を取り入れたほうがいい。回復期はなおのこと、在庫は持たないほうがいいのです。体重減少だけならば決して悪いことではありません。まずそのことを知っておいてください。
ただ、体重減少に伴って顔色が青白くなっていったり、体力低下を感じ始めたら要注意。そのときは、津液だけでなく血の減少を招いて、貧血になっている可能性があるからです。
体は、栄養分を分配するとき、生命維持に関わるところを優先します。だから血が不足すると、まず内臓に優先的に血が送られ、筋肉や骨は後回しになってしまうのです。手足の筋肉に血が行き届かないと体が動きづらくなり、強い倦怠感やだるさを引き起こします。骨に血が届かず、骨生成が促されなくなると骨密度が低下し、骨粗鬆症へ向かいます。症状はその人の弱いところに出ることが多く、視力低下、指のしびれ、足のふらつきなど多岐に渡ります。
体重減少が起きたときに注意すべきは、この「血不足」。これは上記のような症状の有無でわかりますが、一目瞭然なのは血液検査での赤血球とヘモグロビンの数値です。これが低下していたら要注意と思ってください。
血が不足すると、連動して気も低下します。「気血低下」の状態を中医学では「虚」と言います。実は、西洋医学は「虚」に対してできることがありません。一方、中医学が得意とする分野が「虚」。
「気血低下」に対し、中医学は幾つもの方策を持っています。最も手軽な方法が食べ方と運動。ここから具体的にお話していきますので、もし血不足による体重減少を起こしているなら、すぐに対策を始めましょう。
血を作り出す食品の筆頭を「レバー」だと思っていませんか? 動物の肝臓であるレバーを食べても、実は自身の肝臓の細胞を増やすだけです。面白いことに、動物性の食品を摂取すると、人間の体はその遺伝子を分解して自身の体に使えそうなものを流用します。だからレバーを食べると、体は「これは肝臓の回復にちょうどいいな」ということで肝臓の修復に使います。元気な肝臓を持っている人にレバーは必要ないわけです。
では、血を増やすには何を食べたらいいのでしょうか。
それは植物性の食べ物、つまり野菜や果物です。造血作用のある食品を並べてみると、ほうれん草、小松菜、ひじき、昆布、黒きくらげ、ブルーベリー……そう、すべて色の濃い植物です。
メカニズムは複雑なので省略しますが、色が濃い植物性のものを食べたら、血が増えます。緑黄色野菜や海藻など色の濃い植物は血を増やし、白菜やキャベツ、大根など色の薄い植物は水分(津液)を増やします。
さらに言うと、白菜の中でも、白い軸の部分は水分を増やし、緑色の葉は血を増やす。貧血気味なら緑の部分、糖尿病で血が濃いなら軸の白い部分というように、家族の中でも体質によって食べる部位を変えてもいいですね。ポイントは色の濃さです(図2)。
一方、動物は自ら動く生き物なので「気」が強い。動物性のものを食べると元気になります。ただ、「気力アップしよう」とサーロインばかり食べていたら、お腹周りの肉が増えるだけ。肩ロースばかり食べていたら、肩周辺の肉がつきます。逆に、この摂理をうまく使ったらどうなるでしょうか。例えば、皮膚を傷めているなら鶏の皮がお薦め。皮にはコラーゲンが多く含まれていて、皮膚の修復を早めてくれます。
小魚など、頭から尻尾まで丸ごと食べられる食品は万能です。とくに骨粗鬆症には、骨まで食べられる小魚がいいですね。丸ごと食べるのが難しかったら、出汁(だし)にとればエキスとして摂取できます。卵や牛乳も骨や血の材料を豊富に含む総合栄養食です。
ただし、動物性の食品を摂るときは、胃が元気でないと消化できません。抗がん薬治療中や胃薬の服用中、胃もたれを起こしているときなどは、ひと手間加えて、流動食にしましょう。赤ちゃんの離乳食のイメージです。刺身やステーキなど自力で噛みきれない食材は避け、魚ならつみれやかまぼこ、肉ならハンバーグやロールキャベツ。焼くより炊くほうが胃に優しいので、ロールキャベツのほうがいいかもしれません。
次に、体重減少で体力の低下を感じているときに薦めたい運動を紹介します。
血が不足すると手足の筋肉に栄養が届きにくく、筋力低下を起こしがち。深刻なのは足の筋力低下で歩くのが億劫になったり、実際に歩けなくなったりすることです。そこで、治療中や回復期に習慣にしたい簡単なスクワットを紹介します。
バランスを崩しても大丈夫なようにベッドサイドで行いましょう。足がふらつく場合は、片手をベッドサイドに添えて行ってください。両サイドに掴まれるものがあると、なおよいですね。
①ベッドサイドに座り、太腿(ふともも)に掌(てのひら)をあてます。そのままゆっくり腰を浮かせ、いったんストップ。そのとき太腿の筋肉が硬くなっているのを感じながら、ゆっくり立ち上がります。
②そこから座っていきますが、途中でストップ。掌は太腿にあてたまま、筋肉が硬くパンパンになっていたらOK。そのままゆっくり座ります(図3)。
立つ、座るだけの簡単なスクワットですが、ポイントは動きの途中でいったん止めて、太腿の筋肉が硬く張っているのを掌で感じながら、ゆっくり続けること。10回を1セットとしてトライしてみてください。
最初は1回がやっとかもしれませんが、それでいいのです。繰り返すうちに1回が3回になり5回になり、1セットできるようになります。慣れてきたら、トイレに行くたびに1セットなど、1日に何度も行うのが理想的。毎日続けたら、あっという間に太腿に筋肉がついてきて、細かった足が太くなっていきます。そして、ふらつきが軽減し、歩行が怖くなくなると思います。
回復期の運動に大切なのは、長時間続けることではなく、回数。太腿の筋肉が硬くなっていることを感じる回数が多いほど効果があります。実は太腿には胃の*経絡(けいらく)が通っているので、この運動は、筋力アップと同時に、経絡を刺激して胃を元気にしてくれます。胃の調子が整ってくると食欲が回復し、血も作れるようになるのです。一挙両得のスクワット、ぜひ習慣にしましょう。
血を作り出す食品を摂取し、筋力アップのスクワットを続けていくと、血が少しずつ増えていき、気血は連動しているので、気力もアップします。顔色がよくなって体が軽くなれば、徐々に動けるようになり、行動範囲も広がるでしょう。朝、鏡を見たときに「今日は顔色がいいな」と思えること、それが何より大切なのです。
次回は、抗がん薬治療に伴うさまざまな副作用を和らげる方法について、経絡からアプローチしてお話しようと思います。(次号へ続く)
*経絡(けいらく)=中医学では、私たちの体には12本の「エネルギーの通り道(経絡)」があると考えます。それらは、頭や顔、内臓や手足を繋ぐように体中を張り巡らされていて、胃の経絡はその1本です。