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中医師・今中健二先生


中医師。中国江西省新余市第四医院医師。神戸大学大学院非常勤講師。1972年兵庫県生まれ。

学生時代に母親をがんで亡くした経験から医療に関心を持ち、社会人経験の後、中国国立贛南医学院に留学。中医師免許を取得し、新余市第四医院で治療に従事。2006年帰国。神戸市を起点に中国伝統医学の普及に努める。西洋医学との垣根を超えた「患者の立場に立った医療技術」発展のため、医師や看護師、医学生に向けたセミナー、中医学に基づいたがん治療の講演など、全国各地で精力的に活動している。2020年中国医学協会を設立。著書に『「胃のむくみ」をとると健康になる』『医療従事者のための中医学入門』

中医学からのがんサポート
中医師・今中健二のがんを生きる知恵

第17回 サバイバーという生き方 がんに傾かない体質を目指す!

話・監修●今中健二 中医師/神戸大学大学院非常勤講師
取材・文●菊池亜希子
発行:2022年5月
更新:2022年5月

手術、放射線治療、薬物療法などの一連のがん治療を終えると、定期検診を受けながら、少しずつ通常の生活に戻ります。検診も、1カ月に1度から、3カ月に1度、半年に1度と徐々に間隔が開いていくでしょう。

ただ、回数は減っても定期検診のたびに再発の不安はよぎりますし、「以前と同じ生活を続けてよいのだろうか?」と疑問を抱いたり、「再発を避けるために自分にできることはないだろうか」といった意識が生まれ、今後の生き方について考え始めるのもこのころではないでしょうか。

そこで中医学連載最終回の今回は、がん治療後「再びがんにならない体作り」を目指して、日常生活の中でできることを知り、実践していくためのノウハウをお伝えします。

中国には西洋医学、中国伝統医学の2種類の医師免許があり、中医師とは中国伝統医学の医師免許を持つ医師のこと。本連載では「中国伝統医学」を「中医学」と呼びます。

再発・転移とは、どういうことか

再発・転移というと、以前患ったがんが血流に乗って違う場所に運ばれ、そこで再び成長して発症すると想像しがちですが、中医学ではそう捉えません。まず、再発・転移とはいったい何かについて、お話します。

中医学では、がんを部位別ではなく、陽のがん陰のがんの2種類に分けて考えることは、これまでにお話してきた通りです(第1回 病は「胃」から始まる)。

胃がん、肺がん、乳がん、頭頸部がんなど体の上部に発生しやすい陽のがんは、食べ過ぎや栄養過多によって気血が作られ過ぎ、胃の経絡が溢れたり、熱がこもってしまったりしたことが原因で発生する熱性のがんです。

陽のがんは、例えるなら、鍋がグツグツ煮立って吹きこぼれ、コンロが焦げついてしまった状態。そして、陽のがん治療を終えた状態とは、その吹きこぼれた焦げつきをきれいに掃除し終えて、きれいなコンロに戻した状態と思ってください。

吹きこぼれた汚れを拭きとってピカピカに磨いても、元となる火加減を調節しなければ、時間の経過とともに、また吹きこぼれますね。つまり、がんを取り去っても、罹患前と同じように、食べ過ぎや栄養過多の食生活を続けていたら、いずれまた吹きこぼれてしまうのです。これが、陽のがんの再発・転移の正体です。

陰のがんの成り立ちは少し複雑で、別名「水のがん」とも表されます。水分は体の下部に溜まりやすく、溜まった水分を上へあげられないまま冷え固まると、むくみになり、さらに動かさないままむくみが停滞すると、ときにふやけて陰のがんに移行してしまいます。水分は下へ落ちるものなので、陰のがんは、大腸がん、子宮頸がん、前立腺がんのように、体の下部に発生することが多い傾向があります。

ただし、同じ臓腑でも、陰のがん陽のがん、どちらも起こり得る場合もあります。例えば、子宮の場合、上部の子宮体部に水が溜まることは少なく、むくみが発生するのは子宮頸部。同じ子宮がんでも、体がんは胃の経絡の疾患から来る陽のがんが多く、頸がんには陰のがんが多いのはそのためです。

陰のがんは、重力のままに水分が下に落ち、そのまま停滞させてしまったことが原因。つまり、がん治療後は、水分を下半身に溜めやすい体質を改善するよう、日常生活の中で気をつけていくことが必要になってきます。罹患以前と同じ生活を続けていたのでは、また水分を溜め、むくみから陰のがんを発症させてしまう可能性があるからです。

陽のがん、陰のがん:「万物は陰陽という対立する要素を両方持つ」とする陰陽論が中医学の根本的な考え方。陽のがんは熱性のがん。陰のがんは水分(むくみ)が原因のがん

気・血:中医学では、体の中を「気(き)・血(けつ)・津液(しんえき)」がスムーズに巡っていれば体は良い状態だと考える。気は目に見えないエネルギー。血は血液、津液は血液以外の水分。中でも「巡り」が重視されるのが気と血

経絡(けいらく):気血が流れるエネルギーの通り道。経絡は全部で12本あり、頭や顔、内臓や手足を繋ぐように体中に張り巡らされている。体調不良の反応はその原因となる臓器の経絡上に現れる

食べ過ぎない、水分を上へあげる

以上を踏まえて、「再びがんにならない体作り」のために意識すべきことを見ていきましょう。

陽のがんを再発させないためには、まず食べ過ぎないこと。さらに、「体によいから」と、いろいろ摂取し過ぎて栄養過多に陥らないこと。これに尽きます。

陰のがんは、水分を上にあげることを意識した日常生活を送ることを心がけましょう。二足歩行をする人間は、おのずと水分が下に落ちます。下に落ちた水分は上にあげてやればいいのです。その方法は2つ。1つ目は太陽光を浴びること。2つ目は、水分調節をつかさどる腎臓・膀胱の経絡を刺激して、水分を上にあげる力を手助けすることです。

太陽光には何種類もの光線が含まれます。皮膚表面を温める紫外線、少し深いところを温めてくれる赤外線のほか、深部まで届いて体を芯から温めてくれる遠赤外線やX線など。体の芯が温まると、エネルギーは上へ向かうので、水分も上にあげてくれるのです。たとえ外出が難しくても、窓際で太陽光を浴びているだけでも、体を芯から温めて内臓脂肪を溶かし、さらに、下に溜まりがちな水分を上にあげてくれる効果が期待できます。

もう1つは腎臓・膀胱の経絡を刺激すること。前回(第16回 臓腑の問題ではない?! 腎がんと膀胱がん)お話したように、腎臓・膀胱は、腎臓・膀胱の経絡を介して、体内の水分の上げ下げを行っています。年齢とともに腎臓、膀胱の機能低下が起こると、水分を上にあげる力も少しずつ弱まっていくことは避けようがありませんが、意識的にその力を手助けしてやることはできます。

ウォーキングで足全体、とくにふくらはぎを刺激するのが最も手っ取り早く効果的。ほかにも、日光浴やマッサージ、そして、温かい湯船につかって水圧と温度で水分を押し上げてやることもできます。また、布団に横になって眠っている態勢も、実は二足歩行によって足に溜まった水を上にあげることに一役担っています。寝返りを打てば水分が攪拌されて、さらに効果が高まります(図1)。

図1 水分を上に上げる方法

デトックスは、季節によって目的に違いが?!

これらの対策に加えて、陽のがん陰のがん問わず、治療中も治療後もぜひ意識してほしいのが、体内で作り出された老廃物(ゴミ)をスムーズに排出するデトックス。デトックスの方法は、排尿発汗、そして呼吸です。

前提として、体の隅々まで栄養たっぷりのきれいな血液が行き届いていれば体は健康で良い状態。そのような状態ならば、栄養を運んだ先々で生成された老廃物も、血流によって回収され、尿や汗でスムーズに排出されます。ただし、冬と夏ではデトックスの目的が違ってくるのです。

冬は気温が下がることで手足が冷え固まり、血流が体の内側、つまり臓腑へ向かう季節。血液が内臓に流れ込んで、内臓の修復が促されます。つまり、内臓そのものを強くし、修復によって出た内臓の老廃物をデトックスできるのが冬場なのです。

春から夏にかけて気温が上昇してくると、今度は血流が外へ拡散され始め、お腹周りや太腿に溜め込んだ皮下脂肪を、いったん新陳代謝しようとします。体表に近い皮下脂肪に備蓄している栄養分や脂肪を溶かし、汗で排出しようとするのです。

夏に体重が落ちやすいのはそのため。外側へ拡散されるエネルギーによって、皮下脂肪が溶かされ、汗となってデトックスされるからです。逆に、冬場はエネルギーが内側へ向かうため新陳代謝は促されず、体重減少は起きにくいのです。

この季節によるデトックス作用の違いを知って、効果的に取り入れると、体質改善がスムーズに進むのではないでしょうか。冬は体の内側に血液を集めるので、内臓修復と内臓のデトックス。夏はエネルギーを外側へ拡散させる動きを使って、冬に溜まった皮下脂肪を汗にしてデトックス。冬場と夏場のデトックスポイントを頭に置いたうえで、ここからは、がん治療直後の養生について考えてみましょう。

がん治療後の養生、秋から冬の場合

がん治療が秋から冬にかけての時期に終了した場合、エネルギーが体の内側に集約されて内臓修復が促される季節に入ります。ぜひそれを上手に活用した過ごし方を心がけたいものです。自然に暮らしていれば内臓は修復されますので、その際に内臓から出る老廃物をスムーズに排出(排尿)できるようにすることだけ意識してください。

排尿をつかさどるのは、後頭部から背中、足の後ろ側を走る腎臓・膀胱の経絡。できる範囲でいいので、軽いウォーキングを日課にして、ふくらはぎの筋肉を使い、腎臓・膀胱の経絡を刺激しましょう。ウォーキングが難しい場合は、マッサージや入浴、仰向けに寝転んで足をあげて壁にあずける姿勢をとるのもおすすめ。水分を上にあげることで内臓に水分を送り、その水分で内臓から出たゴミを絡めとって尿にして排出してくれます。

その後、春に移行するころには内臓修復が進み、同時に、修復で出た老廃物が尿だけでは排出し切れず、体内に備蓄されているので、今度は春夏の拡散のエネルギーを使って、発汗して外に出していきましょう。これが季節を味方につけた内臓修復とデトックスの方法です。

がん治療後の養生、春から夏の場合

がん治療を春から夏にかけての時期に終えた場合は、少し注意が必要です。

治療直後は、まず内臓の修復をしたいところですが、夏場は血流など体内のエネルギーが外側へ拡散するため、内臓に血液が集まらず、内臓修復は進みません。かといって、この時期に無理して運動を開始すると、それでなくてもエネルギーを外へ拡散する時期なので、必要以上に発汗でエネルギーを放出してしまい、内臓に必要な栄養分が足りなくなってしまいます。

ならばと無理して食べるのも逆効果。外側へ拡散しようとする血流を、消化のために無理やり胃に呼び戻すことになり、それは胃もたれや倦怠感を引き起こす原因になりますし、何より、治療終了早々、胃の経絡を傷めることにも繋がりかねません。

夏のエネルギーは拡散方向に働くと同時に、体全体を温めて自然にスムーズな血流状態を作り出してくれます。その栄養分は太陽光。ですから、春から夏にかけての時期にがん治療を終えた場合は、無理に食べたり、運動したりすることは控え、暖かい太陽の光をたくさん浴びて、ゆっくり過ごすことを心がけましょう。食事は食べたいと思う分量にとどめ、決して無理して食べないこと。そして、食べるときは消化のよいものを選ぶようにすることです。

季節が移り、秋から冬へ向かうと、内臓の修復期に入ります。そのときに内臓をじっくりリカバリーし、次の春には発汗して老廃物を排出し切ってしまうといいですね。

ちなみに、食べ過ぎないこと、消化のよいものを選ぶことは、治療終了後しばらくは、どの季節も同様です。消化のよいものって何だろう? と思ったら、離乳食を終えたばかりの2~3歳の子どもに食べさせてOKと思えるものと考えたらいいと思います。ステーキや刺身を離乳食明けの子どもに食べさせようとは思わないですよね。その感覚で大丈夫です。細かく刻んだり、じっくり火を通したもの。肉ならハンバーグ、魚なら煮つけ、といった感じでしょうか。

眠っているときの呼吸が理想的、うたた寝しない!

デトックスで忘れてならないのが呼吸です。呼吸には、皮膚呼吸と鼻(口)呼吸があります。皮膚呼吸は発汗と関係していて、夏場のデトックス法の1つでもありますね。鼻呼吸は意識して行う通常の呼吸ですが、最も理想的な鼻呼吸は、実は眠っているときに自然に行っている呼吸(調整呼吸)です。

睡眠中は、その人が、そのとき一番必要な方法で呼吸をしています。酸素がたくさん必要な体の状態なら、たくさん吸ってたくさん吐くので寝息が荒くなるし、体内の酸素量が安定していてエネルギーを溜めたいときの呼吸音は静かです。

つまり、疲れたとき、体調不良のときは眠るのがいちばん。睡眠はエネルギーチャージだけでなく、デトックスにも大きく貢献しているのです(第8回 睡眠の力 心地よい眠りにつくために)。

ただ、血流を滞らせた状態で眠るのは、デトックスにも何にもならないので避けてください。椅子に座ってうたた寝するなんて、疲れが増幅するだけで体にいいことは何もありません。少しの時間でも、ぜひ横になって眠りましょう(図2)。

図2 眠っているときの呼吸 座ったままのうたた寝はNG!

心の拠りどころ、学ぶこと、自分の価値

最後に、がん治療を終えたサバイバーの方々にぜひ考えていただきたいことを、連載の締めくくりにお話しようと思います。

中国でがん治療を行う際、治療中も治療後も、大切にされている医療メソッドがあります。その中から3つ、紹介します。

●心の拠りどころを見つけるよう促す
●知識を得て、考え方を学ぶよう促す
●自身の価値を見い出すよう促す

これらは、医療を行う側の姿勢を問うメソッドではありますが、同時にサバイバーの生き方に繋がる考え方でもあると思うのです。

心の拠りどころとは、趣味でも、好きな活動でも、ボランティアでも、宗教でも、何でもいい。ここにいると落ち着くという居場所を持ってほしい。お寺にお参りしていると心が落ち着くもいいし、子どもの寝顔を見ているとホッとするでもいい。

学ぶことは未来に繋がります。「がんサポート」を読んで治療後の生き方を考えることもその1つ。もし自分に合う患者会を見つけたら参加してみるのもいいですね。1人で悩まず、意識を外に向けると、入ってくる情報も変わり、考え方も広がることが多々あると思います。

自身の価値は、周囲によって気づかされることもあります。中国のがん病棟では、患者さんに、できることをしてもらう風潮があります。ある患者さんが音楽の先生とわかったら、「ピアノを弾いてください」とお願いして、実際にみんなで集まって演奏に耳を傾けたり、伴奏に合わせて歌ったり。これが院内の当たり前の風景です。

「私にはこれがある」「これができる」と思えることはとても大切。自分の価値は自身で探すこともできますが、医療者や家族、友人といった周囲が、気づくきっかけを作ることもできるでしょう。

がん治療を終えたこれからが人生です。「心の拠りどころ」を見つけ、「学ぶこと」を続け、「自身の価値」を感じながら生きていくことが、きっとこれからの人生の大きな力になると信じています。

これで1年半の連載を終了します。またお会いしましょう。