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●今中健二先生について
中医師。中国江西省新余市第四医院医師。神戸大学大学院非常勤講師。1972年兵庫県生まれ。
学生時代に母親をがんで亡くした経験から医療に関心を持ち、社会人経験の後、中国国立贛南医学院に留学。中医師免許を取得し、新余市第四医院で治療に従事。2006年帰国。神戸市を起点に中国伝統医学の普及に努める。西洋医学との垣根を超えた「患者の立場に立った医療技術」発展のため、医師や看護師、医学生に向けたセミナー、中医学に基づいたがん治療の講演など、全国各地で精力的に活動している。2020年中国医学協会を設立。著書に『「胃のむくみ」をとると健康になる』『医療従事者のための中医学入門』
子宮がんの罹患者数も、年々、増加傾向。2018年の統計データによると、日本で1年間に子宮頸がん1万978人、子宮体がん1万7,089人、合わせて2万8,067人が新たに「子宮がん」と診断された。ここ数年はとくに、子宮体がんの増加が顕著だ。
通常、子宮がんは発生部位によって子宮頸がんと子宮体がんに分けられ、発症要因も治療法も分けて考えられるが、中国医学では「子宮に起きるがん」という視点で捉えるので、分けずに考えます。
子宮がんを考えるときのポイントは、子宮は「五臓六腑」ではないということです。
肺や胃、肝臓、腎臓、膀胱、大腸などはすべて、体を構成する臓器。つまり五臓六腑であり、これらに生じた不調は体全体に影響を及ぼします。
五臓六腑の視点で見ると、子宮は血液の「通り道」に過ぎません。もちろん、受精卵を着床させて胎児を育む場所ではありますが、それは子宮そのものが何か特別な働きをしているわけではないのです。では、どのように胎児を育んでいるのか。
肝臓の*経絡(けいらく)から子宮内膜を作る血液が運ばれ、胃の経絡が胎児の栄養となる*気血をもたらし、さらに腎臓・膀胱の経絡が子宮内の水分調節を行います。それらが合わさって、子宮は胎児を育てることができるのです。また、妊娠が成立しない場合は、月経として子宮内膜を体外へ放出しています。
つまり、子宮には経絡を通じて必要なものが届けられているだけ。子宮は単なる部屋であり、血液の通り道。誤解を恐れずに言うならば、もしも通り道に多少の不具合が生じたとしても命に関わる重大事に至ることは、そうそうないのです。
通り道という意味では、実は乳がんも同じです。乳房も五臓六腑ではなく、血液の通り道。ただ、通り道ではあっても、巡っている気血が溜まりやすいちょっとした部屋のような場所がいくつかあって、子宮や乳房は、そのような場所だと理解しましょう。
*経絡(けいらく):気血が流れるエネルギーの通り道。経絡は全部で12本あり、頭や顔、内臓や手足を繋ぐように体中に張り巡らされている
*気と血:中医学では、体の中を「気(き)・血(けつ)・津液(しんえき)」がスムーズに巡っていれば体は良い状態だと考える。気は目に見えないエネルギー。血は血液、津液は血液以外の水分。中でも「巡り」が重視されるのが気と血
子宮は気血の通り道なので、子宮を通る経絡の影響を大きく受けています。子宮を通る経絡は、全部で3本あります。
1本目は、栄養が送られてくる胃の経絡。
食べ過ぎなどで気血が作られ過ぎて溢れ、熱を持った大量の気血が胃の経絡上で渋滞を起こすと、まず肺や乳房など、上半身に異変を起こします。胃の経絡は鼻翼をスタートして顔からおでこに昇り、耳の周辺を通って下り、乳房、肺などを通って下腹部、そして下半身へと流れていきます。症状も経絡の流れに沿って現れるので、まずは上半身に異変が現れます(胃の経絡については第1回 病は「胃」から始まるを参照)(図1)。
それでもまだ抑えられずに溢れた気血は下り、下腹部に位置する子宮や大腸にも不調を来たすことがあるのです。
2本目は腎臓・膀胱の経絡です。
体内の水分を調節する腎臓・膀胱の経絡は、頭頂部から後頭部、首、脊柱を通って臀部に下ります。臀部から左右に分かれて太腿の後ろからふくらはぎ、足先へと向かうわけですが、途中、臀部から左右に流れるとき、子宮にも注ぎ込みます(図2)。
腎臓・膀胱の経絡が主に関与するのは体内の水分調節。余分な水分を捨ててくれます。子宮の中に溜まった血液の余分な水分だけを抜いてくれるので、ドロッとした血だけが残って、それが子宮内膜になるのです。つまり、腎臓・膀胱の経絡は子宮内膜を作り出す役割を担っていると言えるしょう。
紙を漉(す)いて和紙ができあがる様子をイメージするとわかりやすいですね。板枠に和紙の材料と水を入れて紙を漉き、水分だけ落としていくと、薄い和紙が板枠に張られていきますね。和紙が内膜。水分を落としているのが腎臓・膀胱の経絡です。膀胱の経絡が水を捨ててくれることで、和紙(内膜)ができるのです。
ところが、例えば、太腿の後ろあたりがパンパンにむくんで膀胱の経絡が詰まってしまうなどの不調が起こると、子宮内で水が捨てきれず、内膜が十分に作られなくなります。
そうなると、内膜量が不十分のために経血量が非常に少なくなったり、あるいは逆に、子宮内が水浸しの状態になって、サラサラの経血が大量に出たりといったことが起こります。月経困難症や子宮内膜症の原因にもなり得るというわけです。
子宮を通る3本目が肝臓の経絡です。
足の親指を出発して脚の内側を上にあがり、内股から性器に流れ込み、そこから腹部に出て、ゴールの肝臓に注ぎ込みます(図3)。
肝臓の経絡が運んできた血液を材料として、そこから、腎臓・膀胱の経絡によって余分な水分が捨てられ、凝縮されて子宮内膜になります。そして、経血になるという仕組みです。
肝臓の経絡は子宮内膜となる血液そのものを運んでいるので、何らかの不具合で肝臓の経絡が滞ると、経血そのものの血液量が足りなくなり、内膜が薄くなって月経不順などに繋がることもあります。
子宮は血液の通り道ですから、子宮内を流れる胃の経絡、腎臓・膀胱の経絡、肝臓の経絡という3本の経絡が良い状態であれば、子宮に問題は起きません。これらのいずれか、もしくは複数に不具合が生じたとき、子宮に異変が起こると考えられます。
では、実際にこれらの経絡に起こる不具合について詳しく見ていきましょう。
まず、胃の経絡の不調は、食べ過ぎや栄養過多によって気血や熱が溢れることがほとんど。この場合、血が塊を作って*陽のがんを作り出すこともありますが、それより頻繁に起こるのは月経前症候群(PMS)。
胃の経絡内が熱と気血で溢れ、それが子宮に注ぎ込むと、子宮内も気血でいっぱいになります。すると、お腹が張り、溢れた気血は胃の経絡を逆流して上へ。胃酸分泌が過多になって無性にお腹がすき、胸部へ昇ると乳房が張って痛みが出てくることもあります。さらに昇ると、歯が浮いたり、頭痛が起きることも。
これらは、いわゆるPMS、もしくは生理痛と呼ばれる症状ですが、月経絡みだけであれば問題ない場合がほとんど。月経時は子宮に血液が集まるようになっているので、ある程度、こうした症状が現れがちだからです。
程度にもよりますが、生理終了と同時に症状も消えるなら、さして問題ありません。こうした症状が胃の経絡から来ていることを知っておくだけでも、食べ過ぎを避けるなどの対策もとれるでしょう。
大事なことは、婦人科系の症状はすべてホルモンバランスの乱れと思いがちですが、実はそうでもないということ。食べ過ぎが原因による不調も多いことを、ぜひ知っておいてください。症状が強い場合は、まず食べる量を控えてみましょう。
*陽と陰:中医学の根本的な考え方。陰陽論では「万物は、陰陽という対立する要素を両方持ち、その割合を刻一刻と変化させながらバランスを保っている」と捉える
子宮がんの発生には、腎臓・膀胱の経絡が担う水分調節が大きく影響しています。
子宮を通る腎臓・膀胱の経絡は、前述のように子宮内の余分な水分を捨て、水分調節をしています。この調節がうまくできなくなると、水分が溜まってむくみになるわけですが、むくみが起こるのは常に下部。つまり、子宮頸部に溜まることになります。
子宮頸部に発生したむくみが、子宮頸部の異形成と呼ばれる状態。この状態がさらに進むと、異形成から悪性化し、子宮頸がんになっていくことがあるのです。
子宮頸がんというとヒトパピローマウイルス(HPV)という原因ウイルスが判明していますが、HPVに感染したからといってすべての女性が子宮頸がんを発症するわけではありません。むしろ、発症するほうが稀(まれ)。一説によると、HPV感染から前がん病変に至るのは1割弱、さらに浸潤がんにまで移行するのは1%ほどと言われています。
つまり、HPVに感染したら子宮頸がんになるのではなく、HPVにとって居心地良い子宮環境を維持してしまうと、HPV感染が子宮頸がんへ移行してしまうことがある、と捉えましょう。
HPVにとって居心地のよい環境こそが、子宮頸部のむくみです。水分でふやけてむくんだ状態は、HPVだけでなく、カンジダやヘルペスといった、あるゆる菌を培養しやすい状態。HPVに感染し、かつ、菌が培養されやすい子宮環境を持続させてしまうと、子宮がんへ移行するということです。
子宮内の水分を捨ててくれる腎臓・膀胱の経絡が、子宮がん発生に大きく関与していることを理解いただけたと思います。腎臓・膀胱の経絡を整えて、水分調節をしっかり行える体を作ることこそが、何よりの子宮がん対策になるのです。
肝臓の経絡に不調が生じると、子宮内膜を作り出す材料そのものが不足します。内膜が十分に作られないと経血が産生されず、月経に影響を及ぼすわけですが、ここで大切なことは、子宮が肝臓の経絡に影響を受けるということは、子宮以前に、肝臓に異変が起きているということです。
このことは、血の通り道である子宮の宿命。子宮の不調は、子宮の問題というより、子宮に注ぎ込む3つの経絡のいずれか、つまり胃、腎臓・膀胱、肝臓のいずれかに異変があると考えるべきでしょう。
例えば、肝臓の経絡から来ている場合は、GOTやGTPといった肝臓関連の数値の異変はもちろん、コレステロール値や血糖値が高いといった状態が既にあることが多く、肝臓を発端として、子宮にも影響が及んでいると考えられます。
つまり、子宮そのものに何かが起きたと考えるより、まずは、子宮に流れ込んでいる3本の経絡のどれかに異変が起きている。そうした視点を持って、子宮の不調に向き合っていくことが、実は大切だと考えます。その視点から、最後に、子宮がんの予防法についてお話したいと思います。
まず、子宮に異変があったときは、子宮を通る3本の経絡のうち、どの臓腑から影響を受けているかを考えてみましょう。
胃が詰まる感じや逆流性食道炎があったりするなら胃、先述の肝臓関連の数値が高い場合は肝臓、コレステロール値や血糖値の場合は肝臓も胃も考えられます。クレアチニンなど腎臓の働きに関する数値の異変は腎臓・膀胱でしょう。
これらは自分で明確に特定することはできませんが、わかりやすい別の症状がある場合は、そこから子宮に影響が及んでいる可能性があることを覚えているだけでも手助けになると思います。
繰り返しますが、子宮を通っている経絡は、胃と腎臓・膀胱と肝臓の3本。つまり、これらの臓器をいたわることが、子宮がん対策であり、予防策になるのです。
胃を労わるには、食べ過ぎない。腎臓・膀胱を労わるには、むくませない。肝臓を労わるならば、疲労を溜めない。以上です。
腹八分目、休息をとる。そして、水分を摂り過ぎないよう、さらに体内の水分を上へあげることを意識して暮らすこと。これが子宮がんの対策のすべてと言っても過言ではないでしょう。
中でも、むくませないことは、意識しないと続けられません。水分は必ず下に溜まり、むくみになります。ですから、水分を上にあげることのできる体を目指しましょう。それには、やはりウォーキング。太陽の光を浴びながらのウォーキングを、ぜひ習慣にして日々を過ごしてみてください。(次号へ続く)