 代替療法として「漢方」がアメリカで注目されている理由を紹介しましたが、ここでは実際にアメリカでは漢方をどのように認識し、どのように研究開発されているかを、いくつかのケースを取り上げて報告します。


アメリカガン協会(ACS)は、ガンの研究、啓蒙およびガン患者と家族へのサービスを使命としたNPOである。90年以上の歴史と3400の地域事務所を持ち、米国社会に対する影響力はきわめて大きい。ACSは補完代替医療(CAM)について『CAM療法ガイドブック』などの啓蒙書を出版しているが、日本の漢方について次のように記述している。
「漢方とは伝統的な日本の生薬療法の名称で、210以上の処方を用いる。3つの人気のある処方は十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)、補中益気湯(ホチュウエッキトウ)、小柴胡湯(ショウサイコトウ)である。」「日本の医師や患者の間での漢方の人気にも関わらず、日本の生薬製剤がガンや他の疾患の予防や治療に有効であるという科学的なエビデンス(証拠、検証結果)は存在しない」。
ACSは1ページ半の短い文章の中で3度も繰り返し「科学的なエビデンスはない」と述べている。これには反発を覚える向きもあるかも知れないが、欧米の水準では比較対照群のないオープン試験は数に入らず、二重盲検試験データも1つだけでは足りない。複数の二重盲検試験を総合的に統計処理し(メタアナリシス)、得られた結果を初めてエビデンスとして認めることが多い。もちろん、非臨床試験はこういう場合考慮の対象にならない。
漢方の有用性を示すための方法論として、二重盲検試験が妥当なものだろうか、という議論は出来よう。しかし現代医学の保守本流の目から見れば、単純に「エビデンスはない」という評価になるのである。実際、西洋生薬や鍼灸などに比較しても、漢方はその水準のデータが非常に少ない。欧米の医学の本流に漢方を認めさせるためには、まだまだ数多くの質の高い臨床試験データを積み上げなくてはならない。

漢方にヒントを得たサプリメントがいくつか市販されている。エンザイマティック・セラピー社は最大手のサプリメント会社の一つであるが、その「アイフォーミュラ」という目の健康のための製品には、ビタミン、ミネラル、ビルベリー、ウコンなどに加え、八味地黄丸が配合されている。
ネクストファーマシューティカルズ社は伝統薬からサプリメントを開発する会社である。現在までに4品目を市販しているが、それぞれ厚朴(コウボク)と黄柏(オウバク、ストレスと体重コントロールに)、黄柏(炎症と前立腺に)、厚朴と酸棗仁(サンソウニン、不眠に)、枳実(キジツ、コレステロールと炎症に)から得た成分を主成分としている。
彼らは文献調査に始まり、医薬品開発に準じたステップを踏んでサプリメントの開発を行っている。英語のみならず日本語や中国語の文献も調査していること、最初の製品「リロラ」は柴朴湯にヒントを得たらしいことなどが、宣伝記事の中で述べられている。その他の処方も、明示はしていないものの、漢方にヒントを得ていることは容易に想像がつく。
漢方は現実世界では医薬品ばかりでなく、ビタミン剤や西洋生薬とも併用されている。従って漢方が米国に浸透すれば、前者のようにビタミンや西洋医薬と配合しようという考えも自然に生まれよう。また後者のように漢方を素材とみなし、その活性成分を利用しようとする人々も現れよう。いずれにせよ、漢方が米国に浸透すればするほど、本来の漢方から別のものが派生してゆくことは止めようがない。

インターネットで検索すると興味深い漢方情報が見つかることがある。ミネソタ医学会の発行するニュースレターは、ミネソタ大学で行われる桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)の臨床試験について、慶応大学に留学中のグレッグ・プロトニコフ客員助教授へのインタビューに基づいて詳しく報告している。
治験の対象は更年期のホットフラッシュを主訴とする女性。180人が3群に分かれ、第1群は日本での用量、第2群はその倍量、第3群はプラセボを服用する。試験期間は13週間でホットフラッシュ日記をつける。2004年11月このニュースがローカルテレビで流れたとき、2日間で500本以上の問い合わせの電話があったそうである。
これはいわば用量設定試験である。もし倍量投与群が優れて効果があった場合、現在の日本での用量は妥当なのか、という根本的な疑問にひとつの示唆を与える。その意味で、この試験は今後の日本漢方に大きな影響を与える可能性があり、極めて興味深い。

ナイアガラの滝に近いカナダのハミルトンにあるジュラビンスキガンセンターが、カナダ前立腺がん研究イニシアチブの研究グラントを受け、桂枝茯苓丸の臨床試験を行おうとしている。
計画によれば、前立腺がんでホルモン療法を受け、1週間以上にわたり毎日3回以上のホットフラッシュを訴える35名の患者に対し、4週間にわたり桂枝茯苓丸7.5gを投与する。患者は投与の1週間前から投与後4週間までメイヨークリニック式ホットフラッシュ日記をつけ、さらに一般血液検査、ホル
モン値、PSAなどの腫瘍マーカーを測定し、QOL自覚症状問診表、漢方問診表、脈診、舌診、さらに心電図を用いた自律神経検査などを行う。この薬剤を提供するのはHonso USAである。
Honsoはこの他2つの小柴胡湯の臨床試験をIND(治験用新薬)承認のもとで行っている。スローンケタリング記念がガンセンターにおけるC型肝炎の研究については既に報告したが、カリフォルニア大学サンディエゴ校でも肝硬変に対する二重盲検試験を実施している。
ツムラも業界報道によれば、前記と別の2処方の臨床試験を2005年春には開始する予定だとのことである。これが本当に実現し、北米で漢方の臨床試験がいくつも常時行われ、欧米に通用する臨床データが着実に蓄積してゆくようになれば素晴らしい。

漢方製剤を米国で流通させるには、ダイエタリ・サプリメントとして登録するか、医薬品としての承認を取得するか、2つの理論上可能な方法がある。けれども、すべてサプリメントとして販売する方法を選んでいる。しかし医薬品としての承認取得を目指している漢方製薬会社がある。大変高邁な方針ではあるが、やや首を傾げざるを得ない。
まず、市場には既にサプリメント版の漢方・TCM製剤がいくつも存在している。これらは価格も安く、医薬品規制を受けないため手軽にあちこちで販売できる。医薬品開発が進み、漢方の臨床効果が立証されればされるほど、サプリメント版の競合品も信頼を獲得し、市場に普及するだろう。
仮に首尾よく医薬品として承認されたとして、それが健康保険でカバーされていなければ、コストに敏感な米国の患者は医師の処方を拒絶する。生命に関わらない適応症ならなおさらである。すなわち医薬品承認を得ても、健康保険会社の償還品目リストに採用されなければ、実際には普及しない。
さらに、もし医薬品になると、漢方を最も良く理解する鍼灸師が取り扱うことができなくなる。すなわちこの方針は、米国の東洋医学界とは絶縁することを意味する。
また、医薬品承認を取得するには時間がかかる。なぜ患者に一日も早く提供できるサプリメントとしての道を選ばず、遠回りしなければならないのだろうか。
以上のように、医薬品承認を目指しても漢方の理解者も患者も喜ばず、米国における該社の漢方の普及につながるとも考えにくいのである。
もし本当に2、3の処方の臨床開発が徐々に進み、良い臨床データが時々公表されれば、そこから直ちに恩恵を蒙るのは米国の漢方・TCM他社であろう。そういう意味でなら、漢方・TCMの普及につながると言えなくもない。

最後にひとつ懸念していることを付け加えたい。米国の法規では、サプリメントとして販売する前にINDを取得してしまうと、その後サプリメントとして販売することができなくなる。すなわち、その物質は本質的に食品ではなく、未承認医薬品であると自己申告した、とみなされるのである。
今回ミネソタ大が桂枝茯苓丸でINDを取得したが、当該製品はサプリメントとしての販売実績はないように思われる。もしそうなら、当該製品はもはや医薬品として承認を取る以外には米国で流通できない恐れがある。
他社の桂枝茯苓丸の販売実績を借用できる可能性も残されているが、それはすなわち、桂枝茯苓丸はどの会社のものも同じ、と主張することになる。それがFDAに認められれば、それはそれで多方面にいろいろな影響があろう。この法規ができる前、該社は柴苓湯と小柴胡湯のINDを取得した。これらにも同様の判断が適用されるのかもしれない。また最近も桃核承気湯(トウガクジョウキトウ)を新サプリメント成分として登録しようとし、書類不備で申請を取り下げているが、そのときFDAに「INDの手続きを踏んで医薬品として開発する」と述べ、無用の言質を与えている。
※以上『米国東洋医学便りⅡ 米国においての漢方の話題 Ansai Associates 安西英雄』より一部掲載

国際セミナー「これからの代替医療」(国際癌病康復協会主催)が、日本において開催されました。この国際セミナーにおいて、アメリカから主席された代替医療の権威・アメリカがんコントロール協会のフランク・コウジノウ会長とフロリダ総合医療大学講師のダニエル・G・クラーリ博士の講演内容を紹介し、アメリカ代替医療法の事情と実際を探っていきます。

「アメリカがんコントロール協会」は、ガン患者に代替療法の情報を提供する世界的な機関です。フランク・コウジノウ氏は、この協会のインターナショナルーアソシエーション会長で、手術、抗ガン剤、放射線といった治療以外の、自然食品、ハーブ(漢方薬)などを用いた代替療法を推進しており、統合医療にも積極的に理解を示している医師です。いまでは、ガンの代替療法でも先進国の道を走っているアメリカとはいえ、
四半世紀を超える、長い長い道のりだったという話です。
《講演内容(要略)》
米国の医師の多くは、従来のガン治療が不可能だと判断すると、治療をあきらめてしまい、代替療法に挑む医師はいませんでした。また私が感じたのは、治療する側と患者にコミュニケーションがないことでした。十分な医療知識と臨床経験がありながら、患者と共に、手術、抗ガン剤、放射線という3大療法以外の新しい治療の可能性を一緒に考える医師はほとんどいませんでした。したがって、患者も代替療法の存在すら耳にすることがなかったのです。
時代は変わり、こうした状況も、今回、国際セミナーに出席しておられる、フロリダ統合医療大学のダニエル・G・クラーク博士のような先駆的な医師のおかげで変わってきました。
こうした医師たちは、じっくりと患者と対話し、またさまざまな領域の医師とも提携し、患者の最も適したガン治療を模索したのです。現在では、ハーブ(漢方薬)や自然食品を用いた代替療法でガン抑制の効果を果たしたとする医師も増え、そうした新しいタイプの医師との交流が増えております。
抗ガン漢方薬についても、すでに何千人もの患者に使って治療してきました。化学抗ガン剤だけが通常使われていたのですが、抗ガン剤は、やはりマウスの実験でもガンが起こってしまうという結果を見ていましたので、こうした副作用の強い薬を使ってガンを治せるのかと疑問に思ったからです。すなわち、免疫細胞さえも抗ガン剤、化学療法では壊してしまいます。
私どもは、免疫システムをいかに強化するかということで、代替療法を研究し、新しいガン治療法として普及させています。みなさん、従来の治療をあきらめざるを得ない場合も、患者と医師にはまだ代替療法という選択肢と希望があるということを忘れないでください。

では、このフランク・コウジノウ会長の講演にも出てきた、米国での漢方薬の治療実態、そして、抗ガン漢方薬の研究、評価、治療はどんな段階なのか。こうした話も含めて、フロリダ統合医療大学の講師、ダニエル・G・クラーク博士から、最新の「米国におけるガン統合医療」の状況が報告されましたので紹介しましょう。
なお、ダニエル・G・クラーク博士の専門はガン代替療法、動脈キレート療法、慢性病に対するホメオパシー療法などで、長年の功績や研究成果によって、母国イタリアでは名誉ある賞を数多く受賞しています。
《講演内容(要略)》
私はカリフォルニアを中心に活動していますが、ガン代替療法や動脈硬化のキレート療法、生活習慣病のホメオパシー療法、漢方薬療法を取り入れて治療にあたっています。
ガン代替療法についてですが、ミトコンドリアの研究に携わっていたことが関心を持つきっかけでした。やがて、正常細胞まで傷つけてしまう抗ガン剤の化学療法に疑問を抱き、化学療法そして放射線療法に代わる療法を模索するために、ガンの原因を追究し、さまざまな治療を試してまいりました。
たとえば、近代西洋医学が採用するアロパシー(逆症療法)と対極にあるホメオパシー(同種療法※注)と呼ばれる療法が古くはありました。200年以上にわたり、世界的に取り入れられてきた療法ですが、米国では、過去に、法的機関や医療機関から、正当な医療ではないと虐げられてきた時期がありました。
しかし、21世紀、生活環境や社会環境の変化により、人間の体内システムが異常をきたし、自己免疫疾患の患者が増えています。これは、外的な要因によって血液中に異物が発生し、細胞に異変が起きることが原因とされています。私たちはこの異物を手術や化学薬で抑制することに力を注いできましたが、根本的に必要なのは、異物を排除することだと気がつきました。ですから、ホメオパシーという療法も確実に患者に選択される時代となるのです。
1987年に医療コンサルタントの会社を始めまして、いま、ガンに関する代替療法のいろいろな情報をドクターに提供しています。私どもが発見した、新しい代替療法を提案するわけです。もちろん、科学的、客観的な手法で成分や作用を検証し、基本的にはガン細胞を刺激する、すなわち免疫を刺激し、そしてミトコンドリア(細胞于不ルギーを作る粒状の小器官)を刺激する、そうした分析結果の出たものを使ったり、情報として米国全土に流しているわけです。
とくにバイオーケミストリーの先生と共に、ミトコンドリアの研究をしてきました。ミトコンドリアには、アポトーシス(細胞の自殺死)が主要なメカニズムにありまして、私どもの研究のひとつとして、抗ガン漢方薬の効果も判明しました。とくに漢方薬の抗ガン漢方薬に注目したのは1991年ころからです。
現在は、先ほどフランク・コウジノウ副会長が講演で触れておられましたが、抗ガン漢方薬も積極的に取り入れています。私のもとには西洋医学と抗ガン漢方薬を併用して病気を克服したい、ガンを克服したいという患者が集まってきております。
*注)ホメオパシー=同種療法……250年前にドイツのサムエル・ハーネマン医師が発見した自然療法で「毒には毒をもって制する」という考え方を原則としている。近代西洋医学はアロパシー(逆症療法)といって、ホメオパシーとは対極の考え方。
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