 日米で、西洋医学を補完あるいは代替する可能性のある医療の研究が進んでいる。米国国立がん研究所(NCI)のOffice of Cancer Complementary and Alternative Medicine (OCCAM、癌補完代替医療オフィス)はこのほど、2007年度の補完代替医療研究総括レポートを公表した。研究領域は、予防領域・がん進行抑制・患者QOLの向上―など多岐にわたり、緑茶成分と前立腺がん、セレンと消化器がん、魚油とすい臓がん、緑茶と脳腫瘍、リコピンと前立腺がん、レスベラトロ-ル&ウコンと急性白血病…などが注目研究として取り上げられた。

2007年度のNCIのがん研究予算は1.2億ドル(約120億円)超。そのうち、70%以上にあたる約8,800万ドルが栄養学的なアプローチによる補完代替医療に費やされている。
NCIでは“Nutritional Therapeutics(栄養療法)”を、「がん予防、およびがん治療戦略として用いられる食品、食事形態、さらには特有の化学的作用によってがん予防的に機能する生理活性を発現する栄養成分などを指す」と定義しており、ビタミン類や大豆由来成分、抗酸化物質、コエンザイムQ10、魚油などが研究されている。近年、有力視されているのはブロッコリーやベリ一類などの食品、微量栄養素でビタミン・ミネラル、またイソフラボンやカロテノイドなどの高い生理活性を持つ食品成分、リノレン酸やオメガ3系脂肪酸などの脂質、アミノ酸やプロテインなど。
(1)Combination of Natural Compounds Studied for Prostate Cancer Prevention |
天然由来成分の組み合わせによる前立腺癌予防に関する研究 |
(2)Green Tea Ingredient Studied for Men with High Prostate Cancer Risk |
前立腺癌ハイリスク男性に対する緑茶成分の有用性 |
(3)A Closer Look at the Role of Selenium in Intestinal Inflammation and Cancer |
腸炎および消化器がんにおけるセレニウムの役割についての検討 |
(4)Fish Oil Studied for Possible Prevention and Treatment of Pancreatic Cancer |
魚油による肺癌の予防、およひ治療の可能性に関する研究 |
(5)Green Tea Extract and Erlotinib Explored for Prevention of Head and Neck Cancer |
緑茶抽出物と抗がん剤“Erlotinib”の併用による頭頸部がんの予防効果 |
(6)Lycopene Shows Promise as a Chemotherapy Adjunct for Prostate Cancer |
前立腺癌に対する化学療法におけるリコビン併用の有用性 |
(7)Chinese Herbal Remedy Studied for Prostate Cancer |
前立腺癌に封する中国ハーブ療法に関する研究 |
(8)Chinese Herbal Formula Studied for Breast and Lung Cancer |
乳がん、および肺がんに対する中国ハーブ処方に関する研究 |
(9)Milk Thistle with Vitamin D Studied to Treat Myeloid Leukemia |
オオアザミとビタミンDによる骨髄性白血病の治療に関する研究 |
(10)Resveratrol and Curcumin Studied for the Treatment of Acute Lymphoblastic Leukemia |
レスベラトロールとクルクミンの急性リンパ性白血病の治療効果に関する研究 |
(11)Relieving Chronic Stress Enhances the Immune System in Cervical Cancer Patients |
子宮頚がん患者における慢性ストレス軽滅による免疫機能の向上 |
(12)Dragon Boat Racing May Help Cancer Survivors Thrive |
中国伝統行事ドラゴン・ボートレースがガン闘病患者にもたらす心理的影響 |

レポートには注目すべき知見が得られた12研究がピックアップされている。ガン予防領域では、魚油の摂取によるすい臓ガンの予防、進行抑制機能が報告された。すい臓ガンは発症後半年で半数以上が死亡するといわれており、治療困難とされているガンのひとつ。しかし、カリフォルニア大学Ebil博士らの研究班はマウスを用いた研究により、魚油由来のオメガ3系脂肪酸がすい臓のガン細胞が増殖するのを抑制することを確認した。

カリフォルニア大などの研究班が、オメガ3系脂肪酸による前立腺ガン予防の可能性について、米国医学誌“ClinicalCancerResearch (臨床ガン研究)”の最新号に掲載され注目を集めている。
同研究では、478人の健常男性と466人の進行性前立腺ガンの男性の食事習慣を分析したところ、脂ののった魚を月に3回程度食べていることで、全く魚を食べない場合に比べて36%のがんリスク低下が認められた。さらに週1回以上の魚食頻度では57%のがんリスク低下が明らかとなった。同研究では、遺伝子変異に関する指標の変化も検討され、魚由来のオメガ3系脂肪酸(EPA/DHA)が、前立腺ガンの進行に大きく関与する特異的酵素の発現を抑制し、最大で5倍のリスク差を生じることも報告された。
この研究結果について、オメガ3系脂肪酸原料サプライヤー大手・オーシャンニュートリションカナダ社は「実証的で有力な研究成果だ。オメガ3系脂肪酸(EPA/DHA)の継続的な摂取の有用性に関する知見がさらに深まった」として業界からも評価のコメントを出している。
前立腺ガンは米国・カナダ男性に最も多いガンで、欧米人で発症率が高く、食習慣との関連が指摘されているガンの一つだ。食事の欧米化によって日本でも発症率が上昇する傾向が認められ、前立腺がん対策の必要性が指摘されている。世界的にみても、男性のがんのなかで前立腺ガンの発症率は2位、死亡率は6位であり、ガン戦略上でも前立腺ガンの予防の重要性は増している。米国の補完代替医療でも魚油によるがん予防効果は注目研究として取り上げられており、オメガ3系脂肪酸の有用性に関して科学的なデータの蓄積が進んでいる。EPA/DHAは循環器系疾患への有用性エビデンスが確立しているほか、近年では認知機能、記憶機能、注意欠陥障害、体重管理、抗うつなどの多様な可能性が報告されている。サプリメント素材として欧米諸国で人気の高いスペシャリティサプリメントとして浸透している。 
また、米国農務省のZunino博士は、急性リンパ性白血病の予防について抗酸化物質の有用性を検討した。その結果、赤ワインに含まれるレスベラトロール、ウコンに含まれるクルクミンの両者は、がん細胞のミトコンドリアに働きかけ、がん細胞を選択的に死滅させるという顕著な効果を認めた。博士らは現在、レスベラトロールとクルクミンの臨床応用や、ほかのタイプの白血病への有用性について研究を継続しているという。
またNCIと中国の共同研究では、中国伝統素材のオウギや朝鮮人参の水抽出物により、末期がんの化学療法に伴う副作用を軽減できることを明らかにした。さらに、化学療法と併用することで、肺がん・子宮がん・乳がんのがん細胞の増殖を抑制し、腫瘍の委縮と生存期間の延長が観察されたという。

NCIはこのほか、隔週で発行するオンラインニュースで最新のがん研究を全世界3万人以上の読者に発信している。 2007年度のニュースレターでも、「低脂肪食パターンが乳がんの再発予防に有効」「がんに対する葉酸摂取の有用性」「カルシウムが大腸アデノーマの予防効果を増強」「ざくろジュースの飲用と前立腺がん再発の関係」―など、数多い栄養学的アプローチのがん研究が紹介された。
NCI所長のNiederhuber博士は、科学的根拠の確認された補完代替医療の有用性を強調。一般のがん医療に補完代替医療を組み込んでいくことが望ましいと述べ、「医師のみならず、患者からも、意味のある選択肢となるよう、今後とも情報提供を進めていく」としている。
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■監修/孫苓献 広州中医薬大学中医学(漢方医学)博士 ・ アメリカ自然医学会(ANMA)
自然医学医師 ・ 台湾大学萬華医院統合医療センター顧問医師
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